日記・コラム・つぶやき

Belive in the Nightmare.

運命の赤い糸

それがもし、古からのつながりであると言うなら・・・。

や、嬉々としている恋愛なら良いですが。

それが「悲劇」だとすれば。

それはきっと過去に変えられなかった運命、未来に託した実らぬ恋・・・。

結ばれそうな実であったとしても、風が、雨がそれを邪魔をする。

それは。

なんて、悲愴―。

届かぬものに溺れて行く感覚ほど空々しく、虚しいものも無いだろう・・・。

希望は捨てない。が、故に絶望に入り浸る魂。

得ようとしなければ、何も得られず、何も苦しまない。

反発をすれば、何かは得られ、何かに苦しむ。

一度希望を得れば、そこには修羅の華が咲き誇るであろう。

栄華とは、決して華にあらず。

苦しみて得られし一筋の光、汝の名を人は希望と言う。

逢えないと分かっていても、また逢えるだろうとどこか希望を抱くのは。

きっと、人間の性なのだろう・・・。

何故なら、人間なんて弱いものでしかないのだから・・・。

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only

どうでもいいものは手に入るのに

どうでも良くないものは手に入りづらい

嫌なものはたくさん手に入るのに

良いものはなかなか手に入らない

なんだってそうだ

だけど

良いものがすぐに手に入るのも

大切なものがすぐに手に入るのも

それはそれで、不気味だ

それはそれで、味気ない

それはそれで、面白くない人生だ

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春。

それは出会いの季節、別れの季節・・・。

自宅付近、学校付近の桜が咲いている。
綺麗だ。
そして、桜の花は風にあおられ、刹那の舞いを踊る。
儚い。

桜は綺麗な舞を見せ、華麗な散り方を見せた後、その実をつける。

散りゆく物が残すもの・・・。
切なさとは、この感傷的な心を指すのだろうか。

桜の下には死者(血)が眠っているという。
桜はその血を吸い上げ、華麗な淡いピンク色をつけるそうな・・・。

おかしいでしょう?
散り逝く者は桜に、桜の花びらは実に・・・。

この世の無常さ、そしてまわり続ける歯車を感じずにはいられない。

永遠なんて、ない―。
心情なんて、嘘―。
栄華も、虚勢も、この世も――・・・。

消えて、なくなる、のか。

なんて、単純―。

そして、

なんて、運命―・・・。

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Not Know...

誰にも分からないさ。
誰にも言わないもの。

誰も知らないさ。
誰にも教えてもらえないもの。

誰でも良いのさ。
誰も求めてないもの。

誰も分からない。
誰も知りたくは無いから。


俺にも分からないさ。
何にも分かれそうにないもの。

俺も知らないさ。
俺にも教えてもらったことがないもの。

何でも良いのさ。
俺が求めてないもの。

俺も分からない。
俺も知りたくは無いから。

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れぃでぃお

ラジオっていいですね。
・・・唐突にスミマセン・・・。

視覚効果に頼らない、リスナーの感性を研ぎ澄ますような言葉・・・。
すごいですよね、ラジオって。
音の魅力を最大限に引き立てられるものですよね!

・・・というのも。

AMラジオを聴いてみようかと思いまして。
文化放送を聴いたのですよ。
理由?そんなもんDJが声y(ry
んで。
ふと思ったのが↑のコト。
あとは、よく噛まずに言えるなぁと思った・・・。

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気が付いてしまった

マイクってさ、英語表記で「MIC」なんだ。
初音ってさ、名前が「ミク」なんだ。
「MIC」をまんまローマ字読みすると「みく」に近い発音になるんだ。
・・・これってある種のストーリー・・・?

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自分らしさ

自分らしい、ってなんだろうか。
あるいは、自分らしさ・個性、とはなんなのだろうか。
そして、それを作るのはどうすればよいのだろうか。

自分らしさ―。

それは「自分の長所」を意味する語だろうか。
あるいは「自分の短所」を意味する語だろうか。

否、それはまさしく「自分という存在の証明」である。
そしてその中に長所も短所も含まれる。
さらには自分から見る自分や他人から見る自分もいる。
「自分」というセカイ、それに関わるほぼ全てのコト。
それが「自分らしさ」だ。

だから「作る」必要は無い。
だが「作られ」たモノが全てではない。

そして、一番知ってもらいたいこと。
それは、「自分≒自分らしさ」ということ。

自分から見た自分が、実はそんなでも無かったり、
あるいは、他人から見た自分は、そんなでも無かったり。
存在の証明など、不確かなのである。
いや、証明とは一つの概念でしかない。
事実を挙げているようで、それは偽りの事柄かもしれない。

正義も、悪も。
本当も、嘘も。
そして生も、死も。
捉え方は人それぞれだ。
その人が思えば事柄なんて180度変わる。

某人物は決めゼリフにこう言う―。
「信じるか、信じないかは、あなた次第です」と。
一つの事柄をどうこう言うことなら出来る。
それを動的な環境からはずすのは、誰も出来ない。

だが。
何もかもを疑っているようではどこにも進めないし、どこにも戻れない。
だからといって全てを信じるわけにはいかない。
そこで、私たちは画期的な方法を産出・選択する。
「ある程度・妥協」である。
全て、は認めないが「ある程度」なら・・・と「妥協」すること。
しかしそれを頼るばかりではいけない。
時には疑問に思うことも大事なのだ、と。

つい先日、興味を引かれた本を買ってきた。
『反・鈍感力』という。
『鈍感力』といえば、人間の妥協を謳う本であるが。
簡単に言えばその逆だ。人間の「Why?」を謳う本である。

二つの本を読んで感想を言わせてもらうとするならば。
「そんなん、自分の信じる道で良いじゃん」と。

神経質なら神経質なりに。
鈍感なら鈍感なりに。
自分の信じるものを大切にしていけば良いと思う。
誰かを否定することなんて、出来ないんだから・・・。

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視点

その身に宿る精神は、その身を司る肉体にのみ宿る・・・。

体格・環境・性別etc...
所変われば品変わり、時代変われば人変わる。

Aという視線とBという視線。
同じものを見ているとしても、Aには明るくBには暗く見えたり、あるいはAには心地よく感じBには気持ち悪く感じたりするもの。
同じように見たいなら全く同じ位置に立たなきゃ出来るわけが無い。

同じ立場になんて、簡単に立てるじゃないか。
そういうかもしれない。しかし、それはあくまでもそこに立っているという錯覚である。
つまり同じ場所になんて立てるわけが無い、ということを頭に入れてもらいたい。

分かりやすく例を言うならば。
「あなたと全く同じ人間はこの世界にいますか?」
答えは当然「NO」ですよね?
あるいは、「あなたの家族と全く同じ家族がこの世に存在しますか?」
答えは「NO」

全く一緒のことです。
Aという視点は決して二つと無く、Bという視点もまた同じ。
あなたの視点とあなたの親友の視点、全く一緒ですか?
あなたの視点とあばたの他の親友の視点、全く一緒ですか?

答えは、「NO」ですよね?

よく親友のこと、大切な人のことを「同志」という場合がありますよね。
これは、まんま「同じ志を持つ者」ということですが・・・。

ここでなにか引っかかった人、いますか?
「同じじゃないのでは」、と。

厳密には違うのでしょう。
ですが最終目標としては同じなのです。

「志」はある一つの概念[モノ]。
「志を持つ者」はある一つの視点。

理由は違えども、結果は同じなんですね。
(=視点は違えども、見ているものは同じ)

その人に完璧になりきるのは不可能。
だが極力近づくことは可能だ。

俺は、なるだけその人という視点を・・・いや、その人という「セカイ」を。
より深く知りたい。
より深く探りたい。

相手を知ることは自分を知ることでもある。
知の欲求に歯止めをかけることなく生きていけたらどれほど多くを知ることが出来るだろう。
どれほど多く自分というセカイを探れるだろう。

知りたい、知りたい。
自分を、セカイを・・・。

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選択あるのみ

どちらを選べばいいのだろう。

無茶という冒険か、鈍間という防衛か。
人民を省みない改革か、人民をどうにもしない現状維持か。
自分を救えない救済か、他人を救えない自己防衛か。
過去の過ちを省みない進軍か、未来を恐れての撤退か。
策略を張り巡らす知謀か、大群をなして恐れを抱かせる強行突破か。
最愛の故人か、形だけの愛人か。
己のプライドか、世間体の良さか。
苦しくとも個性的に生きるか、あえて時の流れに身を任せて生きるか。
流行の飾りか、実用的な伝統か。
生き地獄か、死に地獄か。
情熱的に燃え上がり一気に冷める恋か、地道に熱する長い恋か。
人を活かす剣か、人を斬る剣か。
現実的な異次元か、異次元的な現実か。
男か、女か。
自己の尊重か、相手の尊重か。
優しさか、冷たさか。

生きるか、死ぬか。

あなたなら、何を信じて、何を守り通しますか・・・?

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コノ心ダレ思フ

偶然と偶然が重なり合って必然になり、その現象を奇跡と言う―。

日本人は取り分けまとめたがる。
よくあるでしょ、BEST3だとかCountDownTOP10だとか。
分かりやすい、という点には長ける。
しかしそれが持つ本当の特徴を引き出すことは絶対に出来ない。

俺は何が言いたいか。

一つになんかなれるわけが無い、ということ。

クドいようだけど、他者があってこその自分。
違いがあるから同じがある。
「陰・陽」の関係は決して混ざることの無い油と水のように。

だから・・・。

親切心は必ずしも良いことが起こるわけではないんだよ。

この世に絶対なんて無い。
いや、むしろ必然が起こりうるかも分からない。
偶然の発生元を人は奇跡と称え、奇跡を人は偶然と切り捨てる。
螺旋の渦は、絶えることなく―。

A=Bが多くの人の常識でも、ごく一部はA=Cが常識なんだ。
多くの人とごく一部の人が語ったって、分かり合えるわけが、無い。

     

 カオス
この世は混沌だ。
     分かち合うこと        嘆きの
決して混ざることの無い、混ざった色だ。

その中を今、私は歩んでいる。

そしてまた一つ、ここに偶然が生まれる・・・。

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