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2008年2月

れぃでぃお

ラジオっていいですね。
・・・唐突にスミマセン・・・。

視覚効果に頼らない、リスナーの感性を研ぎ澄ますような言葉・・・。
すごいですよね、ラジオって。
音の魅力を最大限に引き立てられるものですよね!

・・・というのも。

AMラジオを聴いてみようかと思いまして。
文化放送を聴いたのですよ。
理由?そんなもんDJが声y(ry
んで。
ふと思ったのが↑のコト。
あとは、よく噛まずに言えるなぁと思った・・・。

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気が付いてしまった

マイクってさ、英語表記で「MIC」なんだ。
初音ってさ、名前が「ミク」なんだ。
「MIC」をまんまローマ字読みすると「みく」に近い発音になるんだ。
・・・これってある種のストーリー・・・?

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自分らしさ

自分らしい、ってなんだろうか。
あるいは、自分らしさ・個性、とはなんなのだろうか。
そして、それを作るのはどうすればよいのだろうか。

自分らしさ―。

それは「自分の長所」を意味する語だろうか。
あるいは「自分の短所」を意味する語だろうか。

否、それはまさしく「自分という存在の証明」である。
そしてその中に長所も短所も含まれる。
さらには自分から見る自分や他人から見る自分もいる。
「自分」というセカイ、それに関わるほぼ全てのコト。
それが「自分らしさ」だ。

だから「作る」必要は無い。
だが「作られ」たモノが全てではない。

そして、一番知ってもらいたいこと。
それは、「自分≒自分らしさ」ということ。

自分から見た自分が、実はそんなでも無かったり、
あるいは、他人から見た自分は、そんなでも無かったり。
存在の証明など、不確かなのである。
いや、証明とは一つの概念でしかない。
事実を挙げているようで、それは偽りの事柄かもしれない。

正義も、悪も。
本当も、嘘も。
そして生も、死も。
捉え方は人それぞれだ。
その人が思えば事柄なんて180度変わる。

某人物は決めゼリフにこう言う―。
「信じるか、信じないかは、あなた次第です」と。
一つの事柄をどうこう言うことなら出来る。
それを動的な環境からはずすのは、誰も出来ない。

だが。
何もかもを疑っているようではどこにも進めないし、どこにも戻れない。
だからといって全てを信じるわけにはいかない。
そこで、私たちは画期的な方法を産出・選択する。
「ある程度・妥協」である。
全て、は認めないが「ある程度」なら・・・と「妥協」すること。
しかしそれを頼るばかりではいけない。
時には疑問に思うことも大事なのだ、と。

つい先日、興味を引かれた本を買ってきた。
『反・鈍感力』という。
『鈍感力』といえば、人間の妥協を謳う本であるが。
簡単に言えばその逆だ。人間の「Why?」を謳う本である。

二つの本を読んで感想を言わせてもらうとするならば。
「そんなん、自分の信じる道で良いじゃん」と。

神経質なら神経質なりに。
鈍感なら鈍感なりに。
自分の信じるものを大切にしていけば良いと思う。
誰かを否定することなんて、出来ないんだから・・・。

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